この章の目的は、暗算が速くなることそのものではありません。
電卓を叩く前に、答えがおよそいくつになるかを知っておくことです。
電卓は、0 を1つ多く押しても、小数点を打ち間違えても、黙って間違った答えを出します。
先に「だいたい 200 くらい」と分かっていれば、電卓が 2000 と出した瞬間に気づけます。
この章の技術は、次の章のフェルミ推定、その次の現象の見積もりの土台になります。
数を「仮数」と「桁」に分ける
どんな数も、1〜10 の数と 10 のべきの積に書けます。
32000=3.2×104,0.006=6×10−3
前半を仮数、後半を桁と呼ぶことにします。
掛け算・割り算では、この2つを別々に計算できます。
32000×0.006=(3.2×6)×104+(−3)=19.2×10=192
仮数の計算は 3.2×6≈19 と1〜2桁で済み、桁の計算は指数の足し算だけです。
難しい計算を、易しい計算2つに分けたことになります。
図 132000 × 0.006 を「仮数」と「桁」の2本の計算に分けたところ。上の段は 3.2 × 6 ≈ 19 という易しい掛け算、下の段は指数の足し算だけになる。
割り算は「掛けていくつか」に直す
割り算は掛け算より暗算しにくいので、よく使う逆数を目印として持っておくと便利です。
これも覚えるものではなく、一度自分で割って確かめておけば十分です。
| 割る数 | 逆数 | 使い方 |
|---|
| 3 | 0.333… | 「3で割る」は「0.33 を掛ける」 |
| 6 | 0.167 | 1/3 の半分 |
| 7 | 0.143 | 7×0.143=1.001 で確かめられる |
| 8 | 0.125 | 1/2 を3回 |
| 9 | 0.111… | |
2桁の掛け算を暗算する
分配法則で「丸い数」に寄せる
98×37 は、98 を 100−2 と見ると一気に易しくなります。
98×37=(100−2)×37=3700−74=3626
48×25 なら、25×4=100 を使います。
48×25=12×4×25=12×100=1200
和と差の積
2つの数が「ある数から同じだけ離れている」ときは、和と差の積が使えます。
(a+b)(a−b)=a2−b2
たとえば 47×53 は、どちらも 50 から 3 だけ離れているので
47×53=(50−3)(50+3)=2500−9=2491
図 2和と差の積を面積で見る。一辺 a の正方形から角の b² を除いた残り(左)を、細長い部分を切って右へ移すと、縦 a − b・横 a + b の長方形(右)になる。47 × 53 は a = 50、b = 3 の場合。
目印になる数を自分で導く
見積もりでよく使う数を、導き方ごと持っておきます。導き方を知っていれば、忘れても復元できます。
2の10乗はほぼ1000
210=1024≈103
これだけで、2のべきが桁に直せます。
たとえば 220=(210)2≈106(約100万)、230≈109(約10億)。
コンピュータの容量で「キロ・メガ・ギガ」がほぼ 210 刻みなのはこのためです。
両辺の常用対数をとると、もう1つ目印が手に入ります。
10log102≈3⟹log102≈0.30
1年はおよそ 3×107 秒
1 年=365×24×3600s=365×86400s=31536000s≈3.2×107s
1日は 86400s≈105s と丸めておくと、秒と日の換算がすぐにできます。
図 3桁のものさし(対数目盛り)。1目盛りごとに10倍になる。1日はほぼ 10⁵ 秒、1年はほぼ 3 × 10⁷ 秒、一生はほぼ 10⁹ 秒台。下の段の 2 のべきは、10 乗ごとにちょうど 10³ ずつ進む。
10 はおよそ 3
3.162≈10 なので、10≈3.16。
「10 の半分の桁」、たとえば 1000=1010≈32 がすぐ出ます。
次の章で使う「桁の真ん中を取る」操作は、この平方根を使います。
割合と百分率
増減は掛け算で重ねる
「20% 増えたあと 20% 減った」は元に戻りません。
1.2×0.8=0.96
4% 減っています。割合の増減は足し算ではなく掛け算で重なるからです。
図 420% 増やしてから 20% 減らすと 96 になり、元の 100 に戻らない。減らすときの 20% は、増えたあとの 120 の 20%(= 24)だから。
ただし、増減が小さいときは足し算で近似できます。
(1+a)(1+b)=1+a+b+ab≈1+a+b(a,b が小さいとき)
ab は a や b よりずっと小さいので捨てられる、ということです。
3% 増と 2% 増なら約 5% 増(正確には 5.06%)。20% 増と 20% 減では ab=−0.04 が無視できず、上の近似は使えません。
72の法則
年率 r で増えるもの(複利の預金、成長する売上、物価など)が2倍になるまでの年数 n は、
次の式で見積もれます。
72の法則
たとえば年 6% なら 72/6=12 年で2倍。
導出。 2倍になる条件は (1+r)n=2。両辺の自然対数をとると
nln(1+r)=ln2
r が小さいとき ln(1+r)≈r なので
n≈rln2=r0.693=r(%)69.3
本当は「69の法則」です。72 を使うのは、実用的な r(数 %)では ln(1+r) が r より少し小さい分をちょうど補うことと、
72 が 2,3,4,6,8,9,12 で割り切れて暗算しやすいことの2つの理由からです。
年 6% の正確な値は ln2/ln1.06=11.9 年で、72の法則の 12 年とほぼ一致します。
図 5年率 3%・6%・9% で増えるときの成長(縦軸は「2倍ごと」に等間隔)。点は2倍・4倍・8倍に達した時点で、間隔がほぼ 72 ÷ 年率 になっている。縦軸をこう取ると、一定の割合で増えるものは直線になる。
電卓の答えを疑う
概算の本当の使い道は検算です。電卓で計算する前に、仮数と桁だけで答えの見当をつけます。
章末問題
問 1基本2桁の掛け算
次の計算を暗算で行え。どの技を使ったかも書くこと。
(1) 25×36 (2) 99×47 (3) 62×58
解答を見る
(1) 25×4=100 を使います。36=9×4 なので
25×36=25×4×9=100×9=900(2) 99=100−1 と見て分配法則。
99×47=4700−47=4653(3) どちらも 60 から 2 離れているので、和と差の積。
62×58=(60+2)(60−2)=3600−4=3596答: (1) 900 (2) 4653 (3) 3596
問 2標準桁の見積もり
(1) 80年の一生は約何秒か。有効数字2桁で答えよ。
(2) 心臓が1分間に平均70回拍動するとして、80年で何回拍動するか。桁が分かる形で答えよ。
解答を見る
(1) 1年 ≈3.15×107s を使います。
80×3.15×107s=252×107s≈2.5×109s答: 約 2.5×109 秒(25億秒)
(2) 1年は 365×24×60=525,600 分 ≈5.3×105 分。
70×5.3×105×80=(70×80)×5.3×105=5600×5.3×105≈3.0×109答: 約 3×109 回(30億回)
(1) の秒数と比べると、心臓は「ほぼ1秒に1回」なので、一生の秒数と拍動の回数が同じ桁になるのは自然です。
こうした別の見方での突き合わせが、概算の答えを信頼できるものにします。
問 3発展72の法則と2の10乗
年利 3% の複利で運用するとき、次の問いに答えよ。
(1) 元本が2倍になるのは約何年後か。72の法則で求めよ。
(2) 元本が約1000倍になるのは約何年後か。210≈1000 を使って求めよ。
(3) (1) を ln2/ln1.03 で正確に計算すると 23.4 年になる。これを使うと (2) は何年になるか。
解答を見る
(1) 72/3=24。答: 約24年後
(2) 1000倍は 210 倍、つまり「2倍になる」を10回くり返すことです。
24×10=240 年答: 約240年後
(3) 23.4×10=234 年。答: 約234年後
72の法則の誤差(24 と 23.4)が10倍に拡大され、6年の差になりました。
それでも「数百年かかる」という桁の結論は変わりません。見積もりでは、
結論が変わらない範囲の誤差は気にしなくてよい、という判断も大切です。