計算第 4 章約 8 分図 7 点

期待値で次の行動を選ぶ

「どちらにするか」を、起こりうる結果の確率と大きさで比べる。損益分岐となる確率を先に求めておけば、迷う前に決められる。期待値だけで決めてはいけない場面もあわせて扱う。

この章の到達目標

  • 行動ごとの得失を「確率 × 大きさ」の和として書き、期待値で比べられる
  • 損益分岐となる確率を求め、「確率がいくつ以上なら動くか」を先に決められる
  • 小さな確率が何度もくり返されるときの、少なくとも1回起きる確率を正しく計算できる
  • 期待値だけで判断してはいけない場面を見分け、理由を説明できる

前提概数と暗算の技術

目次
  1. 期待値とは
  2. 傘を持つか:損益分岐の確率
  3. 仕事の例:見直しをするか
  4. 小さな確率のくり返し
  5. 期待値だけで決めてはいけないとき
  6. 章末問題

傘を持って出るか。見直しをしてから提出するか。この案件とあの案件のどちらを先にやるか。 毎日の判断の多くは、結果が確率的にしか分からないなかで行われます。

この章では、そうした判断を数字で比べる道具として期待値を使います。 目的は、すべての判断を計算で決めることではありません。 「確率がいくつ以上なら動くか」を先に決めておき、迷う時間を減らすことです。

期待値とは

結果 x1,x2,…x_1, x_2, \ldots がそれぞれ確率 p1,p2,…p_1, p_2, \ldots で起こるとき、

E=p1x1+p2x2+⋯=∑ipixiE = p_1 x_1 + p_2 x_2 + \cdots = \sum_{i} p_i x_i
期待値

を期待値と呼びます。「同じ判断を何度もくり返したとき、1回あたり平均していくらになるか」という意味です。

たとえば、確率 0.30.3 で 1010 万円もうかり、確率 0.70.7 で何も起きない話の期待値は

E=0.3×10+0.7×0=3 万円E = 0.3 \times 10 + 0.7 \times 0 = 3\ \text{万円}

1回ごとには 1010 万円か 00 円のどちらかで、33 万円になることは一度もありません。 それでも、100回くり返せばほぼ 300300 万円になります。期待値はくり返したときの平均です。

010万0010万00010万010 回くり返すと: 10万 × 3 回 + 0 × 7 回 = 30万 → 1 回あたり 3 万この高さにならすと、1回あたり 3 万(期待値)
図 1確率 0.3 で 10 万円、0.7 で 0 円の話を10回くり返したときの一例。1回ごとには 10 万か 0 のどちらかだが、ならすと1回あたり 3 万円になる。これが期待値。

傘を持つか:損益分岐の確率

傘の判断を数字にしてみます。

  • 傘を持つ手間(荷物になる、置き忘れる心配)を、お金に換算して CC 円
  • 雨に濡れたときの損(服、体調、不快さ)を LL 円
  • 雨が降る確率を pp

とします。

行動雨 (確率 pp)晴れ (確率 1−p1-p)期待される損
持っていくCCCCCC
持っていかないLL00pLpL
出かける傘を持つ持たない雨でも晴れでも 手間 C期待される損 = C雨 p晴れ 1−p濡れる損 L損 0期待される損 = pL
図 2傘の判断を枝分かれで書いた図。持っていく枝は天気によらず手間 C、持っていかない枝は確率 p で損 L。枝の先の「期待される損」どうしを比べる。

持っていくほうが得なのは、C<pLC < pL のとき、つまり

p>CLp > \frac{C}{L}
損益分岐の確率

のときです。この p∗=C/Lp^{*} = C/L を損益分岐の確率と呼ぶことにします。

持つ手間を 100100 円、濡れる損を 15001500 円と見積もるなら、p∗=100/1500≈0.067p^{*} = 100/1500 \approx 0.067。 降水確率が 10% 以上なら持っていく、と朝の天気予報を見る前に決められます。

0%5%10%15%20%0円100円200円300円持つ: C = 100 円持たない: pL(L = 1500 円)分岐点 p* = C/L ≈ 6.7%p が 6.7% 未満: 持たない方が得p が 6.7% より上: 持つ方が得
図 3傘の損益分岐のグラフ。持っていかないときの期待される損 pL(斜めの線)が、持つ手間 C(水平線)を超える確率が分岐点。この例では約 6.7% で、それより降水確率が高ければ持っていく。

仕事の例:見直しをするか

書類を出す前に見直すかどうかも、同じ形で考えられます。

  • 見直しにかかる時間:1010 分
  • ミスがあったときの手戻り:33 時間(180180 分)
  • ミスがある確率:pp

見直しでミスを必ず見つけられるなら、分岐点は p∗=10/180≈5.6%p^{*} = 10/180 \approx 5.6\%。 「20回に1回以上ミスをする作業なら見直す」ことになります。

実際には、見直しても全部のミスは見つけられません。見つけられる割合を qq とすると、見直しで防げる損は pqLpqL なので、条件は

pqL>C⟺p>CqLpqL > C \qquad\Longleftrightarrow\qquad p > \frac{C}{qL}

見直しの精度 qq が低いほど、分岐点は上がります。

20%40%60%80%100%0%10%20%30%q = 25% → p* = 22.2%q = 50% → p* = 11.1%q = 100% → p* = 5.6%見直しで見つけられる割合 q見直すべきミス率の分岐点 p*
図 4見直し 10 分・手戻り 180 分のとき、見直しの精度 q と分岐点 p* の関係。雑な見直し(q が小さい)ほど、よほどミスが多い作業でないと割に合わない。

雑な見直しは、やっても割に合わないことがある、ということです。見直すなら qq を上げる方法(時間を置く、声に出す、チェックリストを使う)を一緒に考えます。

小さな確率のくり返し

1回あたりの確率が小さくても、何度もくり返すと無視できなくなります。 1回あたり確率 pp で起きることを、独立に nn 回くり返すとき、少なくとも1回起きる確率は

1−(1−p)n1 - (1 - p)^{n}
少なくとも1回起きる確率

です。「nn 回とも起きない」確率 (1−p)n(1-p)^{n} を 11 から引いています。

0501001502000%50%100%p = 1%: 1 − 0.99ⁿ破線は np(誤り)p = 3%50 回で 39.5%くり返す回数 n
図 5「少なくとも1回起きる確率」1 − (1 − p)ⁿ(実線)と、誤った計算 np(破線)。はじめは重なっているが、n が増えると破線だけが 100% を突き抜ける。実線は 100% に近づくだけで超えない。

電卓で (1−p)n(1-p)^{n} を計算しにくいときは、次の近似が便利です。

(1−p)n≈e−np(p が小さいとき)(1 - p)^{n} \approx e^{-np} \qquad (p \text{ が小さいとき})

np=1np = 1 なら e−1≈0.37e^{-1} \approx 0.37。つまり「平均して1回起きる」だけくり返しても、約37%の確率で一度も起きない、ということです。

100%np(誤り)1 − (1 − p)ⁿn = 200100
図 61回あたり確率 p で起きることを n 回くり返す「1セット」を、乱数で何千セットも実験するシミュレーション。実験値(実線)は、理論値 1 − (1 − p)ⁿ のまわりの帯の中に収まりながら近づいていく。破線の np は、n を増やすと理論値から離れていく。

期待値だけで決めてはいけないとき

期待値は「くり返したときの平均」なので、くり返せない判断では、それだけを根拠にできません。

A: 確実に 25 万円100%25万期待値 25 万円・ばらつきなしB: 30% で 100 万円70%0円30%100万期待値 30 万円・ばらつき大
図 7期待値は B のほうが大きいが、B は 70% の確率で何も得られない。一度きりで、しかも 25 万円がないと困る状況なら、A を選ぶのは合理的。期待値と「ばらつき」はいつも両方見る。

結果のばらつきは、統計では分散や標準偏差で表します。 期待値とあわせて「平均的にいくらか」と「どれだけぶれるか」の2つを見るのが、確率で判断するときの基本です。

章末問題

問 1基本損益分岐の確率

傘を持つ手間を 5050 円、雨に濡れる損を 10001000 円と見積もる。

(1) 損益分岐の確率を求めよ。 (2) 降水確率が 10% の日、傘を持っていくべきか。

解答を見る

(1) p∗=C/L=50/1000=0.05p^{*} = C/L = 50/1000 = 0.05。答: 5%

(2) 10%>5%10\% > 5\% なので、持っていくべき。

持っていかないときの期待される損は 0.1×1000=1000.1 \times 1000 = 100 円で、持つ手間の 5050 円より大きい、と確かめられます。

問 2標準見直しの損得

ある書類の作成では、確率 8% でミスが入る。ミスが見つからないまま提出すると、手戻りに4時間かかる。 見直しには15分かかり、ミスがあればその 75% を見つけられる。

(1) 見直しをすると、平均して何分の手戻りを防げるか。 (2) 見直しは割に合うか。 (3) ミスの確率が何 % 以上なら、見直しが割に合うか。

解答を見る

(1) 防げる手戻りの期待値は p×q×Lp \times q \times L。

0.08×0.75×240 分=14.4 分0.08 \times 0.75 \times 240\ \text{分} = 14.4\ \text{分}

答: 約14分

(2) 見直しのコスト15分に対して、防げる手戻りは14.4分。わずかに割に合わない(ほぼ拮抗)。

(3) p>C/(qL)p > C/(qL) より

p∗=150.75×240=15180≈0.083p^{*} = \frac{15}{0.75 \times 240} = \frac{15}{180} \approx 0.083

答: 約 8.3% 以上

実際にはほぼ拮抗しているので、判断を分けるのは数字に入れていない要素です。 手戻りで相手からの信頼を失うなら LL はもっと大きく、見直しは割に合います。 見直しの精度 qq を上げる工夫ができるなら、それも見直す側に傾けます。 拮抗しているときは、計算に入れていない要素を探すきっかけにしてください。

問 3発展小さな確率のくり返し

ある通勤経路で、1日に事故に遭う確率を 1/100001/10000 と仮定する(説明のための仮の値)。1年の通勤日数を 250 日とする。

(1) 1年間に少なくとも1回事故に遭う確率を求めよ。 (2) 10年間(2500日)ではどうか。 (3) (2) を npnp で近似すると何 % になるか。正しい値とどれだけ違うか。

解答を見る

(1) np=250×10−4=0.025np = 250 \times 10^{-4} = 0.025 と小さいので、1−(1−p)n≈1−e−np1 - (1-p)^{n} \approx 1 - e^{-np} を使います。

1−e−0.025≈1−0.9753=0.02471 - e^{-0.025} \approx 1 - 0.9753 = 0.0247

答: 約 2.5%(np=2.5%np = 2.5\% とほぼ同じ)

(2) np=2500×10−4=0.25np = 2500 \times 10^{-4} = 0.25。

1−e−0.25≈1−0.779=0.2211 - e^{-0.25} \approx 1 - 0.779 = 0.221

答: 約 22%

(3) np=25%np = 25\%。正しい値 22% より 3 ポイントほど大きい。

1年なら npnp で十分ですが、10年になると npnp が 0.250.25 まで大きくなり、近似の誤差が目立ってきます。 また、1日には 1/100001/10000 と無視できそうな確率でも、10年では 5人に1人以上になります。 毎日のくり返しで起きることは、1回あたりの確率ではなく、くり返した合計で評価する必要があります。

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