フェルミ推定の型
見当もつかない量を、見積もれる量の掛け算に分解し、幅をもって推定する。幾何平均で「間を取る」理由と、別経路の検算で推定を信頼できるものにする方法を扱う。
この章の到達目標
- 求めたい量を、それぞれ見積もれる量の積に分解できる
- 各因子を下限と上限の幅で見積もり、幾何平均で代表値を出せる
- 独立な2つの経路で推定し、結果を突き合わせて検算できる
- 因子の数が増えても推定が大きく外れにくい理由を説明できる
前提概数と暗算の技術
「日本中で1日にトイレで流す水は、どのくらいか」。 こう聞かれて、調べずに答えられる人はまずいません。しかし、桁が合った答えなら数分で出せます。
調べられない・測れない量を、知っている量の組み合わせから見積もる方法をフェルミ推定と呼びます。 物理学者エンリコ・フェルミが、学生にこの種の問題を好んで出したことに由来します。
目指すのは正確な値ではなく、10倍以上は外れない値です。 それでも「やる価値があるか」「桁違いの誤りがないか」を判断するには十分です。
5つの手順
以下、冒頭の問いでこの型を順に使います。
1. 分解する
「1日にトイレで流す水の量」は、次の3つの掛け算に分けられます。
分解がうまくいったかは、単位で確かめられます。 となり、求めたい量の単位と一致します。 単位が合わない分解は、どこかで因子を落としているか、余計な因子を入れています(次元解析の考え方です)。
2. 幅で見積もる
| 因子 | 下限 | 上限 | 考え方 |
|---|---|---|---|
| 人数 | — | — | 日本の人口は約 人。これは知っている数として使う |
| 回数 | 回/日 | 回/日 | 自分の1日を思い出す。小便が数回、大便が1回程度 |
| 水量 | L/回 | L/回 | 新しい節水型は数 L、古い便器は10 L を超える |
1つの値で答えようとすると手が止まりますが、「少なくとも」「多くても」なら答えられます。 範囲で考えるのは、推定を始めるための道具です。
3. 間を取る:幾何平均
範囲が決まったら、代表値を1つ選びます。 水量の範囲 L の「真ん中」として、算術平均 ではなく、幾何平均を使います。
回数の範囲 回は幅が狭いので、幾何平均 でも算術平均 でもほとんど変わりません。ここでは 回とします。
4. 掛ける
1日に約 億 L、 L なので です。 学校の 25 m プール(約 )に直すと、1日で約1万4千杯になります。
5. 別の経路で確かめる
同じ量を、1人あたりの生活用水から出してみます。
- 家庭で使う水は、1人1日あたりおよそ 200 L 余りとされています(国や水道局の資料。資料によって多少の差があります)
- そのうちトイレに使う割合は、東京都水道局の調査で約2割とされています
最初の経路では L/(人・日) でした。2つの経路がほぼ一致しています。
2つの経路は、使った情報が違います。 1つ目は自分の生活の記憶、2つ目は統計資料です。独立な情報から出した値が一致するほど、 どちらもたまたま外れているとは考えにくくなります。これが、推定を信頼できるものにします。
なぜ大きく外れにくいのか
因子が4つあって、どれも2倍くらい不確かなら、最悪 倍外れます。 それでもフェルミ推定がふつう桁を外さないのは、誤差が打ち消し合うからです。
見積もりすぎる因子もあれば、見積もりが足りない因子もあります。 それぞれの誤差の向きがばらばらなら、全部が同じ向きにずれる「最悪の場合」はめったに起きません。 章末問題3で、このことを数えて確かめます。
章末問題
問 1基本幾何平均
ある量が「少なくとも 、多くても 」と見積もられた。 (1) 算術平均と幾何平均を求めよ。 (2) 代表値としてどちらが適切か。比の考え方で説明せよ。
解答を見る
(1) 算術平均は 。 幾何平均は 。
(2) 幾何平均の は、下限から 倍、上限まで 倍で、比の意味でちょうど真ん中です。 算術平均の は、下限から 倍、上限まで約 倍で、上限に大きく寄っています。
「何倍ずれているか分からない」という不確かさのときは、幾何平均が適切です。
問 2標準分解と見積もり
人が一生のうちにトイレで過ごす時間を推定せよ。 小便を1日5回・1回1分、大便を1日1回・1回7分とし、一生を80年とする。答えは日数と、何か月にあたるかで示せ。
解答を見る
1日あたりの時間は
80年では
日に直すと 日。
答: 約240日、およそ8か月
暗算なら、 分は1日 分の なので、一生( 日)の で約 日、と出せます。 こうした比で考える近道も、慣れると使えるようになります。
問 3発展誤差の打ち消し合い
4つの因子の積で推定を行う。各因子は、真の値の 2倍 か 1/2倍 のどちらかに、互いに独立に確率 ずつずれるものとする。
(1) 推定値が真の値の16倍または1/16倍になる確率を求めよ。 (2) 推定値が真の値にぴったり一致する確率を求めよ。 (3) 推定値が真の値から4倍以内(1/4倍以上4倍以下)に収まる確率を求めよ。
解答を見る
4つの因子のずれ方は、それぞれ「2倍」か「1/2倍」の2通りなので、全部で 通りあり、どれも等しい確率 で起きます。
「2倍」にずれた因子の数を とすると、推定値は真の値の 倍です。
| 倍率 | 場合の数 | |
|---|---|---|
場合の数は、4つの因子から「2倍」にずれるものを 個選ぶ組合せ です。
(1) または のとき。。答: 1/8(12.5%)
(2) のとき。。答: 3/8(37.5%)
(3) のとき。。答: 7/8(87.5%)
各因子が2倍も外れうるのに、8回に7回は4倍以内に収まります。 最悪の16倍になるのは、全因子が同じ向きにずれたときだけです。 実際の推定では、ずれの大きさもばらばらなので、打ち消し合いはさらに効きます。