ここまで扱ってきたのは、大きさを持たない質点でした。
実際の物体は大きさを持ち、回転します。
回転を扱うと、質点の力学には現れなかった現象が出てきます。
この章の終わりでは、同じ物体を同じ速さで回しても、選んだ軸によって
回転が安定なものと勝手に反転してしまうものがあることを導きます。
剛体と回転の自由度
剛体とは、どの2点間の距離も変化しない理想化された物体です。
変形を考えないので、剛体の運動は次の2つに分解できます。
- 重心の並進運動 — 質点の力学がそのまま使える
- 重心まわりの回転 — この章の主題
固定軸まわりの回転に限れば、角度 θ ひとつで状態が決まります。
角速度は ω=θ˙、角加速度は α=θ¨ です。
慣性モーメント
回転の運動方程式を導く
固定軸(z 軸とする)まわりに回る剛体を、質点の集まり mi と見ます。
質点 i の軸からの距離を ri とすると、その接線方向の加速度は ai=riα です。
質点 i の接線方向のニュートン方程式は miai=Fi。
両辺に ri を掛けると、左辺は
rimiai=miri2α
右辺 riFi は軸まわりのトルク Ni です。全質点で足し上げると
N=i∑Ni=(i∑miri2)α
括弧の中身が回転の「動きにくさ」を表す量で、これを慣性モーメントと呼びます。
慣性モーメントの定義
回転の運動方程式
積分で求める:細い棒
長さ L、質量 M の一様な細い棒を、中心を通り棒に垂直な軸で回します。
線密度は λ=M/L で、軸から x の位置の微小部分の質量は dm=λdx。
I=∫−L/2L/2x2λdx=λ[3x3]−L/2L/2=λ⋅32(2L)3=12λL3
λL=M なので
I中心=121ML2
代表的な剛体の慣性モーメント
同じやり方で積分すると次が得られます。表を覚える必要はありませんが、
I=kMR2 の形で、係数 k が「質量が軸からどれだけ離れて分布しているか」を
表していることは読み取ってください。
| 物体 | 軸 | I |
|---|
| 細い棒(長さ L) | 中心・垂直 | 121ML2 |
| 細い棒(長さ L) | 端・垂直 | 31ML2 |
| 円板・円柱(半径 R) | 中心軸 | 21MR2 |
| 円環(半径 R) | 中心軸 | MR2 |
| 中実球(半径 R) | 直径 | 52MR2 |
| 球殻(半径 R) | 直径 | 32MR2 |
| 直方体(辺 a×b×c) | x 軸 | 121M(b2+c2) |
係数を見比べると、円環(k=1)は全質量が半径 R にあるので最大、
中実球(k=2/5)は中心付近に質量が詰まっているので小さい、と筋が通っています。
平行軸の定理
重心を通る軸まわりの IG が分かっていれば、それに平行な任意の軸まわりの I が
計算なしで求まります。
平行軸の定理
ここで d は2つの軸の間の距離です。
証明
新しい軸を原点とし、重心の位置を d とします。
微小質量の位置を、重心から測ったベクトル rG で書くと、
新しい軸から測った位置は r=d+rG です。
I=∫∣d+rG∣2dm=∫d2dm+2d⋅∫rGdm+∫rG2dm
第1項は Md2、第3項は IG。第2項は消えます — なぜなら
∫rGdm=0 は重心の定義そのものだからです。
∴I=IG+Md2
図 1平行軸の定理。重心 G を通る軸(左)から距離 d だけ離れた平行な軸(右)へ移すと、慣性モーメントは Md² だけ増える。
回転エネルギーと転がり運動
質点 i の速さは vi=riω なので、運動エネルギーの総和は
K=i∑21mivi2=21(i∑miri2)ω2=21Iω2
滑らずに転がる物体では、並進と回転の両方があります。
接触点が滑らない条件から v=Rω が成り立ち、
転がる剛体の運動エネルギー
斜面を転がり落ちる
高さ h から静かに転がし始めたときの、下端での速さを求めます。
滑らない転がりでは摩擦力は仕事をしないので、力学的エネルギーが保存します。
Mgh=21Mv2(1+MR2I)
∴v=1+I/(MR2)2gh
慣性テンソルと主軸
固定軸の話が済んだので、軸が固定されていない一般の回転に進みます。
ここで質点力学には無い事情が現れます。
角運動量を定義どおり計算すると
L=∫r×vdm=∫r×(ω×r)dm
ベクトル3重積を展開すると、成分ごとに
Lj=k∑Ijkωk,Ijk=∫(r2δjk−xjxk)dm
Ijk は 3×3 の対称行列で、慣性テンソルと呼ばれます。
対称行列は必ず直交行列で対角化できます。対角化される座標軸を主軸と呼び、
そのときの対角成分 I1,I2,I3 を主慣性モーメントと呼びます。
主軸を座標軸に選べば
L=(I1ω1,I2ω2,I3ω3)
と簡単になります。ω が主軸のどれか1本に沿っているときだけ、
L と ω が平行になります。
オイラー方程式と中間軸の不安定性
機体座標系での運動方程式
角運動量の変化はトルクに等しい、dL/dt=N。
ただし慣性テンソルは剛体と一緒に回るので、剛体に固定した座標系(機体座標系)で
書くほうが扱いやすくなります。
回転する座標系では、任意のベクトル A について
dtdA慣性系=dtdA機体+ω×A
が成り立ちます(univ/01 で極座標基底が回転したのと同じ事情です)。
A=L とし、主軸をとって成分で書き下すと、トルクがない場合
N=0 に対して
オイラーの運動方程式(トルクなし)
外から何も力を加えていないのに、右辺が 0 でないことに注目してください。
ω は勝手に向きを変えます。
安定性を調べる
I1<I2<I3 とします。ほぼ1本の主軸まわりに回しておいて、
わずかなぶれが成長するか減衰するかを見ます。
まず中間軸(I2)まわりに角速度 Ω で回し、
小さなぶれ ε1,ε3 を加えます。
ω2≈Ω を一定とみなし、2次の微小量を捨てると
I1ε˙1=(I2−I3)Ωε3,I3ε˙3=(I1−I2)Ωε1
第1式をもう一度微分して第2式を代入すると
ε¨1=≡kI1I3(I2−I3)(I1−I2)Ω2ε1
I1<I2<I3 なので (I2−I3)<0 かつ (I1−I2)<0、積は正です。
したがって k>0 で、
ε¨1=+kΩ2ε1⟹ε1∝ekΩt
ぶれが指数関数的に成長します。 これは不安定です。
同じ計算を最小軸(I1)まわりで行うと、係数は
(I3−I1)(I1−I2)/(I2I3) となり、(I3−I1)>0、(I1−I2)<0 で積は負。
すると ε¨=−∣k∣Ω2ε で単振動になり、ぶれは
成長せず振動するだけ——安定です。最大軸(I3)まわりも同様に安定になります。
実際に動かして確かめる
下のシミュレーションは、上のオイラー方程式をそのまま4次のルンゲ=クッタ法で
解いています。ゲーム用の物理エンジンは使っていません。
正しく解けているかどうかは、保存量が動かないことで判定できます。
トルクがないので回転エネルギー K と角運動量の大きさ ∣L∣ はどちらも
厳密に一定でなければなりません。表示されている誤差が 10−13 程度に
留まっていれば、数値解が信頼できていることになります。
回転させる軸
- 角速度 ω
- —
- 回転エネルギー K
- —
- 角運動量の大きさ |L|
- —
- 安定性
- —
図 2辺の長さが異なる直方体の自由回転。「中間軸」を選ぶと、わずかなぶれが成長して回転が反転する。灰色の矢印は角運動量 L(向きも大きさも一定)、赤い矢印は角速度 ω。両者が平行でないことも確認できる。ドラッグで視点が回る。
章末問題
問 1基本平行軸の定理
質量 M、半径 R の一様な円板がある。
中心軸まわりの慣性モーメントは 21MR2 である。
この円板を、縁の1点を通り中心軸に平行な軸まわりに回すときの慣性モーメントを求めよ。
解答を見る
平行軸の定理 I=IG+Md2 を使います。
軸をずらした距離は d=R なので
I=21MR2+MR2=23MR2答: 23MR2。
中心軸のときの3倍です。重心から離すと I が増える、という定理の意味が数値で見えます。
問 2標準転がり運動
同じ高さ h の斜面の上端から、中実球・円柱・円環を同時に静かに転がし始める。
いずれも滑らずに転がるものとする。
(1) 下端に達する順序を答えよ。
(2) 中実球と円環の下端での速さの比を求めよ。
(3) この結果が3物体の質量と半径によらない理由を述べよ。
解答を見る
I=kMR2 と書くと、下端での速さは
v=1+k2gh係数は 中実球 k=2/5、円柱 k=1/2、円環 k=1。
(1) k が小さいほど v が大きいので、速い順に
中実球>円柱>円環到達順序も 中実球 → 円柱 → 円環。
(2)
v環v球=1+2/51+1=7/52=710≈1.20(3) I=kMR2 の形をしているため、エネルギー保存の式に現れる
I/(MR2) が k に約分され、M と R が消えるからです。
k は質量分布の形だけで決まる無次元量です。
円環は全質量が半径 R にあるため、与えられた位置エネルギーのうち
回転に取られる割合が最も大きく、並進が最も遅くなります。
問 3発展オイラー方程式と安定性
主慣性モーメントが I1<I2<I3 の剛体を、トルクを与えずに自由回転させる。
(1) 最大軸(I3)まわりに角速度 Ω で回したとき、
微小なぶれ ε1,ε2 が満たす方程式を導き、この回転が安定であることを示せ。
(2) 本文の直方体は辺の比が 1.6:1.0:0.6 である。M=1 として3つの主慣性モーメントを求め、
中間軸まわりに Ω=4.0rad/s で回したときのぶれの成長率 kΩ を評価せよ。
解答を見る
(1) ω3≈Ω(一定)とし、オイラー方程式の第1式・第2式に
ω1=ε1、ω2=ε2 を入れて2次の微小量を捨てます。
I1ε˙1=(I2−I3)Ωε2,I2ε˙2=(I3−I1)Ωε1第1式を微分して第2式を代入すると
ε¨1=I1I2(I2−I3)(I3−I1)Ω2ε1ここで I1<I2<I3 より (I2−I3)<0、(I3−I1)>0 なので積は負。
係数を −κ2(κ>0)と書けば
ε¨1=−κ2ε1これは単振動の式で、解は ε1∝cos(κt+ϕ)。
ぶれは成長せず一定振幅で振動するだけなので、この回転は安定です。
(2) 直方体(辺 a×b×c)の主慣性モーメントは
Ix=121M(b2+c2) など。a=1.6, b=1.0, c=0.6, M=1 を入れて
I1=121.02+0.62=121.36=0.1133I2=121.62+0.62=122.92=0.2433I3=121.62+1.02=123.56=0.2967確かに I1<I2<I3 で、中間軸は y 軸です。成長率の係数は
k=I1I3(I2−I3)(I1−I2)=0.1133×0.2967(0.2433−0.2967)(0.1133−0.2433)=0.03362(−0.0534)(−0.1300)≈0.2065kΩ≈0.454×4.0≈1.8 s−1ぶれは時定数およそ 1/1.8≈0.55s で成長します。
初期のぶれが主回転の1%程度でも、e 倍を繰り返して
数秒のうちに主回転と同程度まで育つ計算です。
シミュレーションで中間軸を選ぶと、数秒で反転が始まるのはこのためです。